こんにちは、ユカです。
その1はこちらから。
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2016.2.14 テヘラン
テヘランの大豪邸
朝10時に目が覚める。
昨日まで他人だった人の家の部屋で起きる。幸せだなあと思う。
部屋を出る前に、あ、スカーフ、と思った。
外に出るときは巻かなきゃダメというけれど、部屋の外ではどうなんだろう?
迷った挙句、スカーフをふわっと頭にかけて持ち中途半端な感じで部屋を出た。
居間に出てみて、驚く。
昨夜は家に着くなり個室に通され、そのまま寝てしまい気付かなかったが、大豪邸だ。
長いダイニングテーブルに大きな花瓶、ホテルのようなシャンデリア、どっしりとした暖炉。まさにお金持ちの家。
あらおはよう、とお母さんがキッチンから声をかけてくれる。寝巻きのようなワンピースを着ている。
頭にスカーフは、ない。家の中ではスカーフは外していいらしい。
おはようございますと答えながら、私はさりげなく頭に乗せたスカーフを降ろす。
お母さんはそれに気付いたようで、ニヤッと笑う。
「家の中ではね、スカーフいらないのよ。めんどくさいでしょ」
あ、さりげなくスカーフ取ったつもりだったのにバレた、と思う。
「そうなんですね、やっぱりめんどくさいんだ」そりゃそうだよなと思いながらスカーフを折り畳む。
「とってもめんどう!しょうがないから巻くけれど。コーヒーでいい?そこ座ってね」
席に着くと大きなマグカップにコーヒーを注いでくれた。テーブルにはパン、フルーツ、ピザ、ヨーグルトが並べられている。ピザ、食べるんだ。しかも朝から?ぼんやりした頭でそんなことを考える。
お母さんとお姉さんとぼおっとテレビを見ながら朝食をいただく。
グーグルなしのホテル探し
朝食も終わりぼんやりTVを見ていると、まだ眠そうな目をした彼がやっと現れた。あれみんな早いね...と言いながら大きなあくび。
のんびり近づいてくる彼を、お姉さんは意味ありげに頭の先からつま先まで眺める。
視線に気付いた彼はハッとしたように踵を返して部屋に戻ってしまう。
どうしたのかな、と思っているとすぐに大きなキャリーバッグを抱えて彼が戻って来た。歓声をあげて拍手するお姉さん。何事?
お姉さんへのお土産譲渡会の始まりらしかった。
彼が大きなキャリーバッグから次々とブランド品の紙袋を取り出す。バッグ、靴、服、服、服...。
お姉さんが全てに対して可愛い!きれい!と感想を述べた後、必ずこれいくら?と聞くのがおかしかった。
300ユーロ以下の答えは1度も出てこなかった。
やっぱりお金持ちの家なんだ。
ひとしきりお土産を渡し終えると、彼は思い出したように私を見る。ホテル探すかあ、と言いPCを取り出した。
あ、忘れられてなかった、とホッとした。なんだか時間がのんびり進んでゆく。
私は1泊分もホテルの予約をせずイランに来た。しなかったのではなく、やり方がわからなかった。
検索するとホテル情報は出てくるが、予約ページが存在しないことが多かった。クレジットカード決済もできないと言う噂があった。いつも使っている予約サイトも使えない。探している途中で面倒になって予約を諦めてしまった。
彼がペルシャ語で何やら検索をかけてくれる。5秒後、ここ、どう?と画面を見せてくれる。ペルシャ語で全く何が書かれているのかはわからないけれど、写真を見る限り綺麗そう。1泊$37。*1
安くはないけれど、昨日の$130に比べれば1/4だ。そこでお願い、と即決した。
決済画面に進みpaypalで支払いを試みるが、上手くいかない。10回以上トライしたのに、エラーになる。
見兼ねた彼が、PC貸して、と言い財布を取り出し彼のカードで払ってくれた。
「え、いいの?ごめん」
「いいのいいの。イランのカードで払ったほうが手数料もかからないし」
見ているとどういうシステムだかわからないけれど、確かに3泊分の合計金額が$50以上安くなった。現金を彼に払おうとすると、細かいのはいらないよ、と言い返されてしまった。
お世話になりっぱなしだ。ありがたい、を通り越して申し訳なく思ってきた。
深夜特急の、人の親切を食って生きている、と言うセリフが思い出される。
せめてものお礼と思い、お母さんとお姉さんにフランスで買った石鹸と、チェコで買った絵葉書を何枚か渡す。ふたりは大袈裟なくらい喜んで抱きしめてくれた。優しいなあ。
ホテルへ移動 はじめて受ける人種差別
彼の車でホテルまで送ってもらうことになった。
車庫から車を出すのを待っていると、中学生か高校生くらいの女の子が5,6人通りかかった。私をジロジロと見ている。
なんだろう、と思って見つめ返すと、彼女たちはニヤニヤしながら「China!」と言い、走り去って行ってしまった。
お母さんとお姉さんはお喋りをしていて気付いていないようだった。
相手は高校生だし、ただ言ってみただけと言う感じだし、そもそも私は中国人じゃないし、私が傷つく理由はない。気にするような出来事じゃない。それでもなんだか悲しい気持ちになった。
なんでだろう。私が本当に中国人だったら、どれほど傷つくんだろう。
車に乗り込む。車内では全員少し疲れていたのか、会話が少なくなった。彼やお姉さんの質問に私が答える、と会話を繰り返していると、彼が少しイライラしたように言った。
「ユカはなんか疑問とか質問とかないの?どういう考えて生きているの?なんか喋ってよなんでもいいから」
怯んでしまった。確かにその通りだ。
彼がなんとなく私との会話に物足りなさを感じているかもな、というのは初日から感づいていた。空港で会ったあの時から、喋る量は彼:私=8:2くらいだった。
私は英語力のなさを言い訳にして積極的にコミュニケーションを取ろうとしていなかった。泊めてもらってご馳走になって車を出してもらってとやることは図々しいのに、会話することには消極的。イライラするのもわかる。
「ごめん、英語得意じゃなくて、言葉がスムーズに出てこない」
「ごめんじゃなくて、勉強したらいいよ」呆れたように笑いながら彼が言った。
その通りだ。でも。
この時の言い方が、なんだか威圧的で、あ、やっぱりちょっと女性蔑視なところがあるのかな、と感じた。ただ単にあまりの私の英語力とコミュ力のなさに痺れを切らしただけかもしれないけれど。
ホテルに着く。10分ほどの道のりだけど、なんだかものすごく長かった。
迷惑かけまくったな、図々しかったな、感謝も謝罪も異文化交流も十分にできなかったな。伝えたいことを伝えられない自己嫌悪でどんどんテンションが下がってしまう。
下がるテンション、引き篭もる
その部屋はとても清潔だった。和式だけど、部屋にトイレもついている。
まだ14時だ。どうしよう。観光する気持ちにどうしてもならない。
ベッドで横になり、ウトウトし、それにも飽きるとアイスランドで買った暇つぶし用の塗り絵を始めた。
こんなときは無理矢理にでも外に出てしまえば気分も変わっていいんだとわかっているけれど、彼に言われた自分の英語力とコミュ力のなさと、家の前で女子高生集団にChina!って指をさされたことが気になって、気力が湧かない。
16時過ぎ、お腹が鳴りホテル併設のレストランへ行く。
ホテルでは、部屋の外に出るのにもスカーフを巻くらしい。
ご飯の時間帯でないためか、誰も客がいない。どっしりとした椅子にひとりで座り、パサパサのケバブを時間をかけて食べる。
部屋に戻り、どんよりした気分のままシャワーを浴びる。
結局そのまま寝てしまった。
心が疲れてしまっている感じがする。
なんで旅をしているんだろう。
この日の発見
親日反中なのは本当かも
英語喋れないと悲しい思いをする
読んでいただき、ありがとうございました。
*1:ホテルなんてとこだっけな、と思い必死に日記を見返して写真フォルダやGooglMapに印がないかチェックしましたが失念。